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紙司柿本の情報誌によせて
2011.07.21
柿本さんから2年振りに電話をいただいたのが6月1日だった。
この度は自分の原稿が仕上がったので電話したと言っておられた。
前回一人で196頁もの本をつくる無謀な計画が挫折して2年間の冬眠から目覚められ、
皆に迷惑はもうかけられないからだと言う。
私は作家であって、編集者ではないのだが、いつも柿本さんはその事を忘れておられる。
何もいまさら、私が何のお手伝いをする事があるのかとも思うが、
柿本さんとはもう56年のつき合いなので、全ては承諾済である。

二〇〇九年七月七日
寺門蘭蝶
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『法然院綺譚』の原稿が見当たらず文末だけ出てきた
2011.07.21
それから1ヶ月程して、御主人様(あるじ)と奥様は
欧羅巴へ長の御出張にお出かけになられたのでございました。
程なくして、私のところに1通の手紙が舞い込んでまいりました。
差出人の名前に「永田わくり」と書いてあったように記憶しております。
あれからもう早や10年という歳月が過ぎ去ってしまいました。
私の頭も白髪まじり。
私はいまだにBachelor(独り身)を通しております。

雷鳴轟く松八重にて  
平成八年八月三十日 夕
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