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美食の真髄を求めて
2011.07.01
取材=柿本悦子

フランス料理店[ペリニィヨン]
明永正範ディレクトール インタビュー
 
 東京でフレンチというと数々ありますが、私は銀座の「ペリニィヨン」さんが一番だと思っています。お料理の素晴らしさ、マリアージュさせるワインの絶妙なセレクトなどはもちろんですが、何といっても一流を思わせるのは、いつ行っても心地よく、元気にしていただけるサービスです。いったいこのサービスのポイントは何なのか。私にとっての生き方、商いのあり方にも大変勉強になる、明永流サービスの極意を、ぜひとも教えていただきたいと思います。


 
■サービスの原点、一番大事なこととは
<明永>  接客は、365日同じ状態を維持しながら、やっていくことが重要ではないかと思うんです。同じ健康状態を保ったうえで。
<柿本>  おっしゃるとおり、それは基本ですよね。明永さんが取材をお受けになられたご本を拝見させていただいたんですが、明永さんは、お客様と料理人をつなぐ架け橋であるメートル・ドゥ・テールがいるレストランを、日本で初めてなさったわけですよね。
<明永>  そうです。日本では有名料理店というと、オーナーシェフが圧倒的に主となっています。ですがフランスでは、ディレクトール(支配人)が、まずレストラン全体の責任を負う。その次が、メートル・ドゥ・テールといってお客様と料理人をつなぎます。料理人よりも位置づけは上です。そうしたコミュニケーションがあって、お客様が本当に求めてらっしゃる料理やお酒をお出しできるわけです。 そもそもレストラン、ホテル、そういったものができたのは、ヨーロッパにおいて、聖書の中に「傷ついた旅人をもてなしなさい」というくだりから、貴族の人たちが始めたのが宿です。それがホテルの原型。ボランティアなんですよ。ホテルの部屋に聖書が置いてあるのは、そのなごりなんです。
<柿本>  修道院とか、日本で言ったら禅寺の宿坊みたいなものですね。お金じゃなくて、奉仕をするという。
<明永>  そうです。レストランってのは、字の如く、休むという意味がある。でも、レストラン、ホテルというものに従事してると、その根底をわかってない人がいてね。お金儲けの道具じゃないんですよ、基本的に。
<柿本>  そうですよね、だから、私もペリニィヨンさんに来させてもらえることで、元気をいただき、また頑張って仕事をしようかと、またここへ来たいから、頑張らないといけないなという、そんな力をこちらでいただくんです。
<明永>  だからこそぼくらは、精神的にも肉体的にも健康的でないといけないというのが僕の持論です。自分は商品なんですよペリニィヨンの。
<柿本>  店商売をしていると、自分が商品ということを自覚しなければならないとつくづく思わされますね。

<明永>  何で僕が、他の給仕係と同じ格好してるかというと、商品だから同じ格好をしてるんですよ。お店があって、明永って者がいて、これは商品なんですよ。その店の中で、あくまで商品であるべきなんですね。お客様にとっては景色なんですよ、僕は。清潔である事、お客様に不快感を与えない事、そういうようなことを常々考えながら、日々を店の中で送っていかないと。だから柿本さんが、一ヶ月ぶりにみえた、二ヶ月ぶりにみえた、という時でも、いつ会っても同じ状態でいるのが大事なんです。
<柿本>  さすがですね。明永さんがいらっしゃらなければ、売り物がないに等しい。
<明永>  若い時に、あるご夫人から、「いつも同じでいなさい」って言われたのが今でもいちばん心に残っています。いつも同じでいるのって大変なことですよ。
 
<柿本>  逆の立場で行くと、私がこちらにお伺いするときに、いつも同じ心持ちや状態でお伺いが出来るかといったら、そんな事は絶対無理ですよね。「お腹空いた、たくさん食べたいな」って思う時と、「はあ、疲れたなあ、ワインとほんの少しだけお料理をいただきたいなあ」と、勝手な思いがね。私だけでなく、美味しいものが食べたいだけとか、なんとなく慰めてほしいとか、何かを関わってほしいと思って来られる方、常連さん、一見さん、いろんなお客様がいらっしゃいますよね。その方々によって、いろんなサービスの方法とかね、形が違ってきはると思うのですが。
<明永>  実は、僕らが、サービスしてていちばん楽なのが、クリスマスなどのイベントの時なんですね。どんなに忙しくても、お客様の目的意識や気持ちが同じだから楽なんですよ。一般営業の時は、お客様の目的が個々に違います。その辺りは、お客様との会話の中で察知していきます。そこが、レストラン、サービスの原点に帰るっていうことなんですよ。

<柿本>  そこでメートル・ドゥ・テールという役割は大変重要な訳ですよね。
<明永>  そうなんですよ。だからサービスマンが、本格的に店を開いたってのは、うちが最初だと思います。フランスなんかですと、シェフよりもメートル・ドゥ・テールの地位はずっと上で給料も高いんですけど、日本ではオーナーシェフがそれを兼ねていらっしゃるところが多いですから。
<柿本>  そこが「ペリニィヨン」さんと、他のお店との大きな違いですよね。京都には、観光客の方が海外から、全国各地から来られますから、食事をする場所は山ほどあるんです。だけど、サービスが最上級のお店ってなかなかないんですよね。素晴らしいと思います。そう言えば、一番最初に「ペリニィヨン」さんに寄らせていただいた時に、ソムリエの松本裕司さんが、「安心」と「安全」を、提供できる、そういうお店にしたかった、とおっしゃってましたね。あの言葉がすごく印象に残っています。
<明永>  ええ。サービスっていうことに対して、格付けをしていくと、実は一番最初に来るのが、お客様の心地よさとか、接客態度ではなくて、その人の命の安全なんです。これを今は忘れちゃってるんですよ。だから、ヨーロッパにおいて、いいお席というのは、店内を一番眺め回せて、一番安全な場所のことなんです。日本人ではあまり知られていませんが。
<柿本>  なるほど、そういうところの感覚も全然違うんですね。

<明永>  例えば、基本ヨーロッパでは食器はすべてシルバーです。それは、毒殺の歴史があったからです。シルバーは毒に反応しますから。ワインも、開けてコルクを出しますでしょ? なぜかと言ったら、コルクにもラベルと同じ事が書いてるんですよ。ラベルは張り替えられるけど、コルクは打ち替えられない。そこで確認してもらう。それから、必ず目の前で栓を開ける。やっぱりもてなす人が、お客様に何かあったら大変じゃないですか。たとえばカフェでも、ビールにしてもペリエ1本にしても、あちらでは必ず目の前で開けます。それをしないと嫌がるんですよ向こうの人たちは。なんか入れられてるかもしれないと思うから。コップに入れて持って行った方が、日本人は気遣いに思いますけれど、そこは違いがありますよね。最終的には自分で自分の身を守るという感覚なんです。
<柿本>  そりゃわかりませんものねえ。やっぱり安心と安全ですか。
<明永>  それが一番なんですよ元々は。ところがそれを忘れてしまっているからもう一回、これも原点に戻る、という意味で、松本が言ったんだと思いますね。
<柿本>  私自身は、すごく感動を覚えましたね。他のお店で、大事なことはなんですか、と聞くと、やっぱり、お客様の好みに合うもの、お客様の側になって、とか、そういう言葉が返ってくることが多くて、安心と安全っていう言葉が本当に無いんです。そういう気持ちでサービスをされるレストランというのは本当に、ペリニィヨンさん以外にはないと思っています。それで、いつもここに来ると、安心と安全をいただいて、元気になって、本当に癒されて帰る。言葉通りの休む事ができる。それでまた、ここに帰ってきたいと思うんです。

 
■サービスとは「おもてなし」
<明永>  やっぱりね、サービスって横文字で言うからいけないんですね。「おもてなし」なんですよ。
<柿本>  おもてなしですか?
<明永>  例えば、柿本さんのご自宅に、友達がみえたと。お腹が空いていたらご飯も用意するだろうし、お茶も用意するだろうし。雨が降ってきたら濡れないように傘も貸してあげるし。そういう心遣い。それが接客の原点なんですよ。
<柿本>  そういう、心遣いほしいですよね。
<明永>  それが、レストランでちゃんとできるかの問題です。非常に難しい事を、みんなやろうとし過ぎてるんです。それよりも、非常に単純なことを、コツコツ、コツコツきちっとね。例えば、「このお客様はうるさいお客様ですので」と紹介を受ける事がありますが、うちのお店ではちっともうるさくないんですよ。何でうるさくないかと言うと、うるさいお客様というのは、当たり前の事を当たり前にできないって事に関して怒る方が多いんです。だから、うちの給仕係たちに口を酸っぱくして言うのは、「首から上には知識を、首から下には経験を」ということです。知識だけあってもダメで、首から下っていうのは反復運動で、何度も経験させないといけないので。「お皿はこういう風に出す」なんていうことは、まず身体に覚え込ませる。当たり前にしなきゃいけないことで、その階段を登ったうえで、いかに接客ができるかなんですね。

<柿本>  まずは、あたりまえの事、基本ができなければ、おもてなしに至りませんものね。
<明永>  料理人は、でき上がった皿と、下がってきた皿しか見えないでしょ。僕らは一番大事な場面を見てるんですよ。美味しいものを調理するというのは大事ですけど、それ以外にも大切な事のなかで接客ってあるんですよ。その大切な事を、自分たちが本当に見極められるかどうかなんですよ。接客って。
<柿本>  たしかにそうだと思います。駆け引きと言うか、コミュニケーションと言うか。
<明永>  それにはやはり、今までの経験と、状況を加味した上で、自分が判断できるかどうか。だからぼくは、早く50代になりたかったんです、薄っぺらい自分ではなくて、人生の厚みみたいなものが欲しいとね。
<柿本>  大人になりたいっていう。肉厚な芯をしっかり持ってる男にね。
<明永>  お客様とうなずき合える、30年前の話ができるというね。
<柿本>  お客様とともに、いい歳の重ね方をされて、そのお客様がどんどんいい仕事をされる、ということは、明永さんご自身も、幸せな時間を共に過ごせている、ということですよね。それをお仕事の中での指針として持ってらっしゃる。
<明永>  そうなんです。自分がこの歳になって痛切に感じるのは、先祖に対する感謝ですね。なぜかというと、お客様と話して行くとだいたいね繋がって行くんですね。意外にもね。こういう時にお世話になったとか、そういう事が大事だって。僕のひいおじいさんにすごく世話になったという方の息子さんがみえたりね。偶然。
<柿本>  繋がってるんですねえ。呼んでくださってるっていうか、引き合わせをしてくださってるっていうことありますよね。

 
■「ペリニィヨン」というお店
<明永>  このお店を作るにあたって、一番最初にテーマにしたのは、銀座一丁目にあるということで「銀座」です。銀の取引をされてた場所ですから、銀色にしたんです。当初は金色は一切使わなかったんですよ。全部、ステンレスを使って。それで、銀に合う色はピンク系だから、壁や絨毯はピンクと紫にして。その色に合うグレーの制服にしたんです。
<柿本>  ほんとうに、ずっと変わってらっしゃいませんものね。
<明永>  松屋のある場所が銀の取引所で、三越の辺に鋳造所があったんです。だから、銀座発祥の地は松屋のある場所。銀座の4丁目から向こうは尾張町っていって銀座エリアではない。1丁目から4丁目までが元来の銀座です。だからこの辺が、本元の銀座です。
<柿本>  一番の一等地なんですね。このお店の場所は、大通りに面しているわけでもなくて、メインの通り二筋入っていますよね。瀟洒な感じのレストランで、知らない人は素通りしてしまいそうになる。半地下にブラッスリーがあったりとかしながらも、一見さんは到底入りにくい。
<明永>  そういう事なんです。わたなべゆう先生が設計してくれたのですが、正々堂々と真ん中から入れるようにしてくれって頼んだドアなんですよ。真ん中に扉がある店ってあまりないと思います。
<柿本>  だからこそ知らない人は入りにくい。ドアも重厚で重くて。
<明永>  なんで重くしたかって言うと、どっちみち入りにくい店だから、ドアも重くして入りにくくしてくれって頼んだんですよ。階段を登った所に玄関がある、入りにくい店じゃないですか。入りにくいってことで、じゃあ出にくい店にしてくれって頼んだんですよ(笑)。
<柿本>  でも私、こちらのお店にお伺いしてね、自分でドアを開けて入った事が一度も無いんです。必ず開けてくださるんです。
<明永>  不思議なもんでね、予約のお客様のクセとか習慣で、そろそろ来られるのがわかる。それでだいたい気がつくんですね。
<柿本>  そうですか。何か嬉しいですよね。先回りして開けていただいたときの嬉しさが何ともいえない。
<明永>  サービスは、基本的にお客様が必要な時だけ行けばいい。その人の飲む速度がわかったら、いちいちべったりしなくても読めますもん。神経が研ぎすまされていくと、どのくらいのうちに、次に行けばいいというのがわかるようになるんです。
<柿本>  それが、一つのテーブルだけじゃないですもんね。さすがです。
<明永>  若いときにはお客様の特徴だとか、召し上がった物とか、記録を付けてた事があるんですよ。だけど、ある時からやめました。書くと忘れるし、頼ってしまうんで。
<柿本>  ではすべて、ご自身の視覚と記憶のインプットで?
<明永>  そうです。参考にするのはその人のお好みもありますし、その日の体調も。お客様が、食べたくない日もあるし。肉が一番最初に食べたいって言われたら、肉を最初に出しますよ。勝手に決められた、前菜、魚、肉っていう順番じゃなくて。そういうもんなんですよ食事って。一番食べたい物を最初に食べたいって人もいらっしゃいますから。店が勝手にね、これがオードブルですって最初に出す必要はないんですよ。後でオードブル食べたい人もいるし。

<柿本>  そうです、そうです。私みたいにオードブルをコースにして欲しい人間もいますしね。
<明永>  それぞれ価値観や好み、要求が違いますから。
<柿本>  お客様の求めてらっしゃる物を、本当に全力投球で差し上げるサービスが、一番のサービスですよね。
<明永>  でも、全力投球してるってことを、相手に悟られないようにします。重すぎていやでしょ。
<柿本>  あ、それがいちばんですね。
<明永>  若いときってのは、そういう自分が、お客様に与えるそれがあったんですけど、いまは意識して殺気をなくすようにしています(笑)。
<柿本>  そうなんですね。若いときは「やってますやってます!」っていうのがつい出てしまう。
<明永>  そうですよ。若さ故。今は、そうじゃなくなってきてると思いますね。そして若い頃みたいな無駄な動きが、非常に少なくなってきたような気がします、自分でも。そこを突き詰めて接客してましたから。

 
■日本人が持てない「おもてなし」の感覚
<柿本>  私はペリニィヨンさんに来た時に、いつも思うのですが、どうしてこういうやわらかい空気感で、自然に、すっと馴染ませていただけるものかなって。この空気感がね、とても好きなんですよ。何度も同じ事言いますけど、京都には山のようにレストランがあるんです。だけど、これほど心地いいというか、清々しい思いで食事ができるお店はないんです。
<明永>  空気とか雰囲気とかは、極端に言うと僕らも最小限にお客様を選ぶ必要があるんですよ。お客様は店を最大限に選べるじゃないですか。だから、僕らも最小限にお客様を選ばせていただきます。お客様がお店の雰囲気をつくる要因でもありますから。
<柿本>  わかります。うちもそういうところはございます。
<明永>  そういった配慮で、席の配置もお客様の自由にはなりません。初めて来た方で、ここに座りたいという要望がありますけど、うちじゃ好きな場所に座れないんですよ。私が決めさせていただくからです。
<柿本>  当然ですよね。
<明永>  極論を言うとですよ、ここはぼくのうちだから、お行儀良くしてください、ってことですね。
<柿本>  その通りだと思います。
<明永>  お金払ってるからって意識が、日本人はすごく強いですね。柿本さんのところでもあるでしょうけど、どんなわがままを要求するだけしても、全部タダです、日本では。ヨーロッパに行くと、接客やサービスをお金で買うってシステムだから、チップというお金で買うんですよ。快い給仕が欲しければ、お金を出す。金は汚いという感覚が日本人にはありますけど。
<柿本>  たくさん払ってあげたら、それ以上の報酬というか、心の報酬が来ますよね。
<明永>  うちの店でも、一万円使ってくれた人と、二万円使ってくれた人を、どういう風に区別して接客して行くかって、人間意識しなくても、二万円使ってくれた方に、体がお世辞を言うんですよね。いいお客様、お金をたくさん使ってくれたとか、あとはお金だけでなく、店に愛情を持ってくれている人、代々付き合ってくれている人。 いろんな方がいらっしゃるんですけど、やっぱりそれぞれにいいお客様なんですね。そういった方には自然に。
<柿本>  自然にお顔に出ますわね。そういう表情になってますよね。
<明永>  最近、悲しいなと思うのは、日本人はすべてを人任せにしちゃう。例えば予約で行く人が、「この人が誕生日だから何かやってくれますか」って言うんですよ。そこを考えるのは、あなたの仕事だろ、とぼくは言いたいんです。何かやってくれますかって、全部人に任せちゃう。自発的な意識が、日本人にはとても欠如してると思います。
<柿本>  本当ですよね、そういった点は欠落してますね。
<明永>  自分で、大事な人をもてなすのに、その心がすごく欠如してる。うちでは、食事券を発行していますが、発行する時に必ず、「食事は、招く人がいないと成り立ちませんから」って言っているんですよ。本来は非常に失礼なことなんですよ。食事券渡して、あんた食事いってらっしゃいっていうのは。
<柿本>  その通りだと思います。

<明永>  どんな高級なお店でも、例えば吉兆さんならいいだろうって、そういう問題じゃないんですよ。誰かが招くから、食事が始まるんですよ。それを理解できる人にしか、うちは食事券を発行しません。
<柿本>  主催者がいて、ゲストが来るわけですよね。
<明永>  間違ってることは、お伝えするんですけどね。ただ商売になればいいっていうものだけじゃダメだと思います。
<柿本>  ええ、その通りです。うちも、和紙売ったり紙に関する小物も売ってますけど、ギフトもするんですけどね。そのギフトに「何でもええし、選んで包んで!」と言われるのがいちばんいやなんです。自分で選ぶ意識とか、知識が無いから、教えて欲しいと言われる事はよくわかるので、セレクトはしますけれども。最後、一言ね、メッセージを添えられたらいかがですかとか、なんかそういう表書きをご自身でお書きになられますかとか、そういうアドバイスはするんです。そうでないと全部私が作った作り物になっちゃいます。それがいやで。
<明永>  自分の意志を持たないからそういうことをしちゃう。かえって後悔してる人が多いんじゃないかな。
<柿本>  だと思います。自分自身の心がなくなってるというかね。贈る心というか、もてなす心というか、そういうものがよくわかっていない。
<明永>  もともと日本にあったものなんですよ。あったものが無くなってきたんですね。結局、接客もそうですけど、すべての物が、精神的な貸し借りなんですよ。目に見える物の貸し借りじゃなくて、心の貸し借りが、大事な事じゃないかなあって思うんです。

 
■人生とは、終わりのある旅
  <柿本>  最後にね、座右の銘といいますか、ぼくはこの思い、この気持ちで、やって来られたんだなあ、という言葉をおうかがいしたいと思うんですけども。
<明永>  いつも人生は旅だから、終わりのある旅だから、楽しく過ごしたいなと思ってます。若い時にはわからなかったんですけど、最近、そう思うようになりました。終わりのある旅だから、いい旅をするにはどうしたらいいかなと考えなければいけないと思います。それで、自分だけで、心の中で楽しめるものをいっぱい持って、あの世に旅立って行くのがいちばん幸せだなって。
<柿本>  最後は一人で行くもんなんですよね。旅でいうと「ペリニィヨン」は、どういう位置づけなんでしょう。
<明永>  ぼくの旅の途中での、自分の人生の一番大事な場所かもしれませんね。
<柿本>  家ともおっしゃってましたよね。
<明永>  若いときは旅と思わないんですよ、人生って。自分が永遠に、この世に存在すると思っていますけれど、だんだん終わりのある旅だって思いません?
<柿本>  思います。必ずね、終わりがある。でもその終わりを、どう楽しんで終わって行くか、ということですよね。
<明永>  そうです、やっぱり、常に楽しい旅にしたいじゃないですか。感動したとか、悲しかったり嬉しかったり、そういう喜怒哀楽を表面には出さなくとも、心の中でいっぱいに表していきたい。侘び寂びではないが、心の中で静かに楽しむ、みたいなね。
<柿本>  いつでも笑ってたいですよね、私は。笑いが絶えずに、いつも人と和やかに過ごして、だけどたまには、ちょっとフラストレーションがたまるときもありますけど。人生、生きてる実感というのは、楽しい友達と会話をしながら、美味しい物を食べて、美味しいお酒を飲んで、何か散財しながら、ああ人生って幸せだなあと。毎日できるわけじゃないけれど、たまの贅沢としてね、そういうことができることが自分の幸せかなあとか思うし。これも旅の途中の考え方ではないでしょうか......。


〈あとがき 柿本悦子〉
「ペリニィヨン」のサービスと美食の原点を明永会長にこの度のインタビューを通して私なりに感じさせて戴いたことは、本物とは一流って感じさせないことと、美味しい御食事を頂く時は、本当に御行儀良くして楽しい会話と美味しい御食事と心の安らぎが大事だと思います。明永会長の厳しさの中にウイットを感じさせるお人柄につかず離れず人となりを通しての人生観の素晴らしさに感謝致します。

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